東京地方裁判所 昭和41年(ワ)4787号 判決 1967年11月14日
原告 岩手精密工業株式会社
右訴訟代理人弁護士 河野宗夫
同 谷浦光宜
被告 小峰精機株式会社
右訴訟代理人弁護士 阿比留進
主文
被告は原告に対し金一、六二五、〇〇〇円及び内金三〇〇、〇〇〇円に対する昭和三九年九月二六日以降
内金五二五、〇〇〇円に対する同年一〇月一二日以降
内金三〇〇、〇〇〇円に対する同年一一月一七日以降
内金二〇〇、〇〇〇円に対する同年同月二一日以降
内金三〇〇、〇〇〇円に対する同年同月二七日以降
右各完済まで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
<全部省略>
理由
一、別紙手形目録記載の約束手形五通はいずれも被告が振出したものであることは当事者間に争いなく、右各手形を原告が所持している事実は成立に争いのない甲第一号証の一ないし五の存在によって明らかである。
二、<省略>。
即ち、
富永精機は昭和三六年七月一二日付をもって東邦銀行と手形取引契約を締結しその所有不動産に根抵当権を設定し金銭の貸付、手形の割引を受けていたが、昭和三九年四月二〇日金三〇〇万円を借り受けこれが担保として本件約束手形1ないし4をその担保として差入れ同5の手形の割引を受けたこと(被告は本件2の約束手形は昭和三九年六月六日振出したものであるというけれども、この点に関する証人原百合子の証言被告会社代表者尋問の結果は措信できず他にこれを認めるに足る何らの証拠はない。尤も右手形の振出日の記載は被告主張のとおりであるが、振出日は白地のまま振出されること多く、後に補充されるときは必ずしも真実の振出日と一致しないこと公知の事実であるから右の認定を左右できず被告の右主張は採用しない。)。また富永精機は福島県信用保証協会に対しても、昭和三二年六月一五日付契約をもって債務保証を委託し、右契約に基き同協会の為めに求償権担保の目的をもってその所有不動産につき根抵当権を設定していた。そして右協会は富永精機の債務を保証してきたのであるが、富永精機の東邦銀行に対する前記割引手形の買戻債務をも保証していたところ、本件約束手形は東邦銀行においていずれも各満期に支払場所に呈示したが支払拒絶せられたので、右協会は東邦銀行の求めにより本件5の手形の買戻債務を代位弁済し、東邦銀行の無担保裏書の上交付を受けてその手形上の権利を取得した。そしてその後富永精機の東邦銀行との手形取引契約及び右協会との債務保証委託契約のいずれも解約せられたが、昭和四〇年五月一五日現在において富永精機は東邦銀行に対し、前記金三〇〇万円の貸付金残元利金二、三〇一、四三六円福島県信用保証協会に対し前記買戻金債務求償金を含め合計金二、五八九、五九六円の債務を負担していたこと。
以上の事実が認められ右協定を左右することのできる証拠はない。
三、<証拠省略>。次の事実を認めることができる。即ち、
富永精機は昭和三九年末頃倒産するに至ったものであるが、当時小林精機に対しても約一〇〇〇万円の負債があり、富永精機の社長富永満寿蔵とその義甥に当る小林精機の常務取締役小林昭夫が話合った結果、富永精機の所有する別紙物件目録記載の小松川工場を小林精機において代物弁済により取得し、福島県西白河郡矢吹町にある富永精機の本社工場をもって小林精機の第二会社を設立し、富永精機の従業員を引継いでその営業を継承することとした。しかるに小林精機は右小松川工場を利用する余力はなかったので、小林昭夫が社長をしている東邦精機に譲渡しその事業資金として利用すべく、東邦精機においてこれを売却処分することとなった。ところが、右工場は東邦銀行福島信用保証協会のため根抵当権の目的となっていたほか他にも抵当権者があったのでこれらの負担を消滅させて売却するため富永精機の債務は代位弁済することとした。そして東邦銀行および右協会に対する前記債務をも昭和四〇年五月一五日代位弁済し右銀行からは本件1ないし4の約束手形を右協会からは本件5の約束手形の交付を受けた。
以上の事実を認めることができるところ、この点に関し、被告は右東邦精機のなしたという代位弁済は富永精機の弁済を仮装したものである旨主張し証人富永満寿蔵の証言中右主張に副う部分があるけれども、右証言部分は容易に措信できず、乙第七号証の一も右富永満寿蔵作成の証明文書で右の証拠とするに足りず他に右被告の主張を維持して前認定を左右することのできる証拠はない。尤も証人富永満寿蔵の証言により成立の認められる乙第六号証一、二は福島県信用保証協会がその所持に係る担保手形本件1ないし5の約束手形を東邦精機に交付した旨の証明書で本件1ないし4の手形に関しては前認定に牴触するものであるが、その記載内容と前掲甲第三号証の一、二と対照すると右証明内容はこれを全面的に信用することはできない。そして他に右認定を左右することのできる証拠はない。
しからば、東邦精機は代位弁済により本件手形をすべて取得したものであり、したがって、手形上の権利を取得したものというべきである。ところが、被告はこの点に関し、本件手形は、富永精機から東邦精機に譲渡されたものでありしかも右譲渡は通謀による虚偽表示であると主張する。しかして、右の主張は富永精機が弁済により返還を受けたことを前提としない限り前記の主張と矛盾を免れないところ、右前提たる事実の認められないこと右に説明したとおりであるから右の主張は到底採用できない。
次に被告は、東邦精機は裏書によって本件各手形を取得したのでないから、東邦銀行ないし福島県信用保証協会から譲渡の通知なき限り手形上の権利を取得しないと主張する。しかしながら代位弁済によって手形上の権利を取得するには指名債権譲渡の方法によることを要せず、かつ裏書を必要としないものと解するのが相当であり、被告の右の見解には従うことはできない。
四、次に証人小林昭夫同河島宗夫の各証言証人庄司昇同小豆畑政美の各証言の一部に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は東邦精機に対し原告主張の債権を有しておりこれが弁済のために昭和四〇年一一月初め頃本件1ないし5の各約束手形を譲受けたことが認められ右認定に左右することのできる証拠はない、証人小豆畑政美の証言中に右債権の存在を疑わしめる部分が存するけれども、証人小林昭夫の証言と対比するとき右証言部分は未だ前認定を左右するには至らない。
被告は富永精機と被告間において本件手形の債務を免かれしめる合意ができた旨をも主張するのであるが、前認定のとおり、富永精機が担保手形として或いは割引手形として本件手形を東邦銀行に譲渡した後は権利者となったことはないのであるから、右のような合意はもとより東邦精機および原告の本件手形上の権利取得に影響のないことは勿論被告において本件手形の振出人としての責任を免れるものではない。
被告はまた東邦精機と原告間の本件手形の譲渡も通謀による虚偽表示であるという。しかしながら、原告は前認定のとおり東邦精機に対し債権を有していたのであるから、富永精機小林精機東邦精機および原告の各役員の関係が被告主張のとおりであり、本件手形が融通手形として振出されたものであるからといって直ちに右譲渡を目して通謀による虚偽表示と断定もできないし、このことは債権譲渡の通知が遅れていたことを考慮するも判断を左右しない。また本件手形等を被告が富永精機に貸与し見返りに富永精機から振出交付を受けた約束手形債務のために被告会社代表者の妻原百合子名義をもって富永精機の所有不動産に抵当権を設定し、右抵当権設定登記が後に抹消せられたこと、証人原百合子の証言被告会社代表者尋問の結果とこれにより成立の認められる乙第一号証第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし九、第四号証の一ないし三を綜合して認められるけれども、右証言および代表者尋問の結果中右抵当権設定登記の抹消が何らの対価なくして行われたとする部分は容易に措信しがたい。そして他に右譲渡を通謀虚偽表示による無効のものとすべき事情はない。
しかして原告に対する本件手形の譲渡について被告に対する譲渡通知は本訴提起後であるにせよなされていることは被告の自認するところであるから原告は被告に対し本件手形の譲受けをもって対抗することができるというべきである。
四、しからば他に主張なき本件においては原告の本訴請求は理由あるをもって正当として認容すべきである。<以下省略>。